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こまきのブログです。

「真っ白でいるよりも」



「真っ白でいるよりも」 谷川俊太郎



1
自分がチェンバロになって
一晩中待っているのよ
もちろんモーツァルト
まだ十二歳の
ほらそんなふうに
眠れないときってない?



2
愛ってのはころがってるのね
キッチンなんかにね
玉ねぎ刻んでて涙が出ると
思い出すわ
悲しみの理由は
いつもいつも愛だったって



3
生まれ変わったら鯨になりたい
海の中で歌って暮らすの
言葉は知らないの
でも歌はあるの
鯨の心は人間よりずっと大きいから
歌もいつまでも続くの



4
そうなんだよ
絵になる一瞬が大事なのさ
私そのために生きてる
だから私の写真一枚だけとっておいて
そいで思い出さずに空想して
私の一生を



5
まだ二十世紀なのね
未来ってなんてゆっくり来るんだろ
待ってらんないな
椅子に座ってるのもまどろっこしい
恋をするのも
夢を見るのもまどろっこしい



6
わざわざ迷子になりに行くの
巨大迷路に
ここがどこか今がいつか
分かりすぎるんだもん
それなのに不意に分からなくなる
地球儀なんか見てると



7
花が咲いてるでしょ
海鳴りが聞こえるでしょ
そよ風も吹いているでしょ
それだけで幸せって思ってしまうでしょ
だから私うしろめたいの
ひとりぼっちが



8
私は空から見られているのだわ
カラスに雲にトンボに天使に
空から見ると
意地悪も嫉妬も見えなくなって
私は私じゃなくなって
きっと地面に溶けている



9
マラケシュにいたときのこと聞きたい?
でもあなたはいなかったのだから
きっと退屈ね
マラケシュにも子どもがいたわ
黙りこくって立ってる子が
だからきっと愛もあったのね



10
嘘つくのって好きよ
まだ知らないほんとのことを
知ってるような気になれるから
でもほんとのほんとは一瞬で過ぎ去る
いい匂いみたいに



11
男よりも木に抱かれたい
葉っぱに触ってほしい
枝に縛られたい
根っことからみあいたい
私は空にやきもちやくの
木は夜も空を見つめているんだもの



12
知ってた?
気持ちにはいろんな色がある
私あなたの色とまざってもいい
真っ白でいるよりも
きらいな花の色になるほうがまし
でしょ?



谷川俊太郎詩集「真っ白でいるよりも」より)