好きな曲紹介9〜「Big Chill」（上原ひろみ）

英語のスラングでよく使われる「Chill」という言葉。日本語俗語で言うと「まったりする（くつろぐ）」という意味です。ぼーっとしている時に、何をしているのか聞かれると、「Just Chilling」と答えたりします。毎日忙しくしている自分も含めた現代人に、たまには思いっきりChillする事も必要、という気持ちをこめて。

（アルバム『Spiral』ブックレットの、上原ひろみ本人による「Big Chill」曲紹介より）

ジャズピアニスト上原ひろみさんのアルバム『Spiral』の、
日本盤のみに収録されているボーナストラック曲「Big Chill」。

スパイラル

私がこのアルバム『Spiral』の中でいちばん好きで、
最近延々と聴いている曲です。

秋色な雰囲気のこの曲。
まったりとした、少し憂いのある雰囲気の曲調の中で、
一定の穏やかなグルーブの中で、
ひろみさんのピアノがいろんな表情を見せます。
いろんな語りかけ方をします。

ひろみさんのピアノが、
昔の懐かしい思い出を大事そうに語ったり、
切なそうな表情を見せたり、
ぎゅっと苦悩の表情を見せたり、
決意をこめて未来に向かって立ち上がろうとしたり、
優しく穏やかに微笑んだり、
小さなちいさな声でささやいたり・・・。

私はこの曲を聴きながら、
ひろみさんのピアノと自分の感情が、
すごく深いところでシンクロするような感覚を覚えました。

自分の中にある、言葉にできないいろんな種類の感情を、
ひろみさんがピアノで表現してくれているような感じがしました。
「これが音楽なんだなぁ」って思いました。

「自分と同じ種類の気持ちを持っている人がここにもいる」・・・
「自分のこの上手く言葉にできない気持ちをわかってくれる人がいる」・・・
そんな感じがしました。

この「Big Chill」を聴きながら、
いろんな種類の感情が自分の中に浮かび上がって来ました。
水の底から、いろんなものが水面にぷかっと浮かび上がってくるみたいに。

ここ数年のうちにたて続けに起こった圧倒的に理不尽な事柄の数々。
それらを受け入れなければならなかった事。
でも上手く受け入れる事ができなくて苦しかった事。

傷つけてしまった事、傷つけられた事。

自分で選んだから起こった物事、
あるいは自分が選んでいないのに起こった物事。
（というか、それらの境界線はないのかもしれない。）

自分の中では説明できるけれど、人に対しては上手く説明できない気持ち。
あるいは、自分で自分自身に対しても上手く説明できない気持ち。

全てすべては変わり続ける、変わらないものなんて何ひとつない、という事。

でもそんな中でも、自分の中で変わらない気持ちもある、という事。。

何だかそういういろんな気持ちが、この「Big Chill」を聴いていると
ふわあっと自分の中に次々と浮かび上がって来るのです。
穏やかに、痛いような苦しいような、あまいような、
なんとも言葉にできないような感触で。

いつかの日曜日の午後に、この曲を聴きながら
あんまり切なくなって泣いてしまいました。

ひろみさんのピアノは、
自分の心のいちばん柔らかい場所を（あまり普段人に触らせないようにしている場所を）
優しく触ったり、きゅっと切なく突いたりします。

聴く人をそういう気持ちにさせて、
ひろみさんのピアノは穏やかに鮮やかに優しく微笑んで、
去っていく。。。

いろんな種類の感情を自分の中に浮かび上がらせるこの曲だけど、
トータルとしては・・・

「全ては仕方がなかったんだよ。
もういいから、全てを受け入れて、前を向いて歩いて行こう。」

と穏やかに優しく微笑みかけてくれているような感じがします。

ひろみさんのピアノを聴いていると、
「アクセントには、いろんな種類のアクセントがあるんだな。」
と思います。

何かに念を押すように、大事な何かを確かめるように弾かれるアクセント。
何かをふっ切ろうとするように弾かれるアクセント。
これからの自分への決意を込めるように弾かれるアクセント。

和音にもいろんな種類の響き方があります。

聴く人の心をほどいて、広い高い場所に解き放つような和音。
ばらばらになった心をぎゅっとひとつにまとめるような和音。
真綿のような感触で心をあたたかくくるんでくれる和音。
あるいは、自分の中に眠っていた、自分でも気づいていなかった種類の感情に
自分を出会わせてくれる和音。。

和音の響きは宇宙なんだな、と思います。ほんとうに。

いろんな事を感じながら、
自分の中のいろんな気持ちに出会いながら、
「Big Chill」のひろみさんのピアノに、
じっと耳を、心を、傾けています。

過去と現在と未来を、行ったり来たりしながら。。。