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こまきのブログです。

好きな文章2〜「海辺のカフカ」(村上春樹)より

家出した主人公田村カフカくんは、
夜行バスで「さくら」という女性と知り合います。
カフカくんとさくらが、
夜行バスの休憩所のサービスエリアで交わす会話です。



 「ひとつ君に頼みごとがあるんだけど」と彼女は言う。
 「どんなこと?」
 「高松に着くまで、君のとなりの席に座っていていいかな?ひとりでいるとどうも落ち着かないんだ。変なひとが隣に座ってきそうな気がして、うまく眠れなかった。切符を買ったときにはひとりずつの独立したシートだって聞いていたんだけど、乗ってみたらじっさいには二人がけなんだよね。高松に着くまでに少しでも眠っておきたいの。君は変なひとには見えないみたいだし。どう、かまわない?」
 「かまわないけど」と僕は言う。
 「ありがとう」と彼女は言う。「旅は道連れっていうものね」
 僕はうなずく。うなずいてばかりいるような気がする。でもなんと言えばいいのだろう?
 「そのあとはなんだっけ?」
 「そのあと?」
 「旅は道連れ、のあと。なにか続きがあったわよね?思い出せない。私はコクゴが昔から弱いの」
 「世は情け」と僕は言う。
 「旅は道連れ、世は情け」と彼女は確認するように繰り返す。紙と鉛筆があったらちゃんと書きとめておくんだけどというような感じで。「ねえ、それってどういう意味なのかしら。簡単に言ってしまえば」
 僕は考えてみる。考えるのに時間がかかる。でも彼女はじっと待っている。
 「偶然の巡りあいというのは、人の気持ちのためにけっこう大事なものだ、ということだと思うな。簡単にいえば」と僕は言う。
 彼女はしばらくそれについて考えていたが、やがてテーブルの上でゆっくりと軽く両手をあわせる。「それはたしかにそうだよね。偶然の巡りあいというのは、人の気持ちのためにけっこう大事なものだ、と私も思う」


村上春樹著「海辺のカフカ(上巻)」より)

以前初めてこの本を読んだ時にも、この箇所にはとても感動したんです。
ハードカバー版「海辺のカフカ」の、この文章が載っているページには、
私が初めてこの本を読んだ時につけた折り目が、しっかりとついています。


今読んでも、とてもあたたかい。
今はまた、以前とは違う感触で心に響きます。
今この時期に、この文章が読めてよかった。


「偶然の巡りあいというのは、人の気持ちのためにけっこう大事なものだ」
と私も思います。本当にそう思う。



今日は夏至です。