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こまきのブログです。

好きな文章1〜「海辺のカフカ」(村上春樹)より

「好きな本紹介」シリーズは、
まるまる一冊の本を紹介するシリーズなので、
結構労力がかかる為、なかなか気軽にできません。


もうちょっと気軽に、本を読んでいてふっと心に残った文章を、
ちょこちょこ紹介する事ができないかな・・・って事で、
「好きな文章」シリーズスタートです。


「好きな言葉」シリーズと、「好きな本紹介」シリーズの
中間ぐらいの位置づけで、やってみたいと思います。



海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

この「海辺のカフカ」は、村上春樹さんの長編小説です。


暴力と、生と死。
そして「タフに生きる」という事を見つめた物語です。


この「海辺のカフカ」は、
村上春樹ファンの間では評価の高い作品です。
(だと思います、たぶん。)


でも私、この本を初めて読んだ時、あまりピンと来なかったんです。
主人公の田村カフカくん(←家出をした主人公が使う偽名)と
私の心の間には常に一定の距離があって、
私はこの物語を読み終わる最後まで
カフカくんと一体感を持つ事なく終わりました。


でもふっと、急にこの「海辺のカフカ」が読み返したくなって、
数日前から読み始めました。
何だかこの本が、自分の心を癒してくれるような予感がしたからです。


ハードカバー版で持っている本なんだけど、
それだと通勤カバンに入れて持ち歩くのは厳しいので、
文庫版を買い直しました。



 「ある場合には運命というのは、絶えまなく進行方向を変える局地的な砂嵐に似ている」とカラスと呼ばれる少年は僕に語りかける。


 ある場合には運命っていうのは、絶えまなく進行方向を変える局地的な砂嵐に似ている。君はそれを避けようと足どりを変える。そうすると、嵐も君にあわせるように足どりを変える。君はもう一度足どりを変える。すると嵐もまた同じように足どりを変える。何度でも何度でも、まるで夜明け前に死神と踊る不吉なダンスみたいに、それが繰りかえされる。なぜかといえば、その嵐はどこか遠くからやってきた無関係な“なにか”じゃないからだ。そいつはつまり、君自身のことなんだ。君の中にあるなにかなんだ。だから君にできることといえば、あきらめてその嵐の中にまっすぐ足を踏み入れ、砂が入らないように目と耳をしっかりふさぎ、一歩一歩とおり抜けていくことだけだ。そこにはおそらく太陽もなく、月もなく、方向もなく、ある場合にはまっとうな時間さえない。そこには骨をくだいたような白く細かい砂が空高く舞っているだけだ。そういう砂嵐を想像するんだ。


村上春樹著「海辺のカフカ/上巻」より)


やがてカラスと呼ばれる少年は僕の肩にそっと手を置く。すると砂嵐は消える。でも僕はまだ目を閉じたままでいる。
 「君はこれから世界でいちばんタフな15歳の少年にならなくちゃいけないんだ。なにがあろうとさ。そうする以外に君がこの世界を生きのびていく道はないんだからね。そしてそのためには、ほんとうにタフであるというのがどういうことなのか、君は自分で理解しなくちゃならない。わかった?」
 僕はただ黙っている。少年の手を肩に感じながら、このままゆっくり眠りに入ってしまいたいと思う。かすかな羽ばたきが耳に届く。
 「君はこれから世界でいちばんタフな15歳の少年になる」とカラスと呼ばれる少年は、眠ろうとしている僕の耳もとで静かに繰り返す。僕の心に濃いブルーの字で、入れ墨として書きこむみたいに。


村上春樹著「海辺のカフカ/上巻」より)


 そしてもちろん、君はじっさいにそいつをくぐり抜けることになる。そのはげしい砂嵐を。形而上的で象徴的な砂嵐を。でも形而上的であり象徴的でありながら、同時にそいつは千の剃刀のようにするどく生身を切り裂くんだ。何人もの人たちがそこで血を流し、君自身もまた血を流すだろう。温かくて赤い血だ。君は両手にその血を受けるだろう。それは君の血であり、ほかの人たちの血でもある。
 そしてその砂嵐が終わったとき、どうやってそいつをくぐり抜けて生きのびることができたのか、君にはよく理解できないはずだ。いやほんとうにそいつが去ってしまったのかどうかもたしかじゃないはずだ。でもひとつだけはっきりしていることがある。その嵐から出てきた君は、そこに足を踏みいれたときの君じゃないっていうことだ。そう、それが砂嵐というものの意味なんだ。


村上春樹著「海辺のカフカ/上巻」より)

以前読んだ時にはピンと来なかったこの本、
今読むと、一行一行が、驚くぐらいに今の自分の心にはまります。
「読みたかったのは、これだ」と思いました。
田村カフカくんが、自分自身のような気さえ、してきます。


海辺のカフカ」を読み返しながら、主人公の田村カフカくんと一緒に、
私も心の旅をしてみたいと思います。