「蜂蜜パイ」は、村上春樹さんの短篇小説の中で、私がいちばん好きな作品です。
今までもそうだったし、たぶんこれから先も
「春樹さんの短篇の中ではこれがいちばん好き」という気持ちは
ずっと変わらないんじゃないかなと思います。
世界じゅうの全てのギタリストの音を聴いた事があるわけじゃないけど、
でも「私にとっての世界でいちばんのギタリストは梶原さんだ」と
強い確信を持って何の迷いもなく言い切れる気持ちと、ちょっと似ているかな。
この短篇、そんなに凝った特別なストーリーではないんです。
あらすじ的には単純と言うか・・・ありきたりと言ってもいいものかもしれない。
でも私にとってこの物語は「ありきたり」なものでは全然ない。
この物語の中にこめられたスピリッツというか、なんというか・・・
そういうものにすごく共感して、とてもシンプルな気持ちで「好き」なのです。
読んでいると気持ちいい。癒されます。
ちょっと落ち込んだり、気が滅入った時に、私はこの短篇「蜂蜜パイ」をよく読み返します。
ラストがとても好きなんです。
春樹さんにしては珍しい、ちょっとびっくりしてしまうような
あまりにも真っすぐで熱いハッピーエンド。情熱がほとばしるような。
このラストを読むと、空から陽が差し込んでくる時のような情景を心の中に浮かべる事ができます。
何度読んでも涙ぐんでしまう。
そして「やっぱり大切な事ってこういう事なんだよな」って確認できる。
「間違ってないよ、このまま行こう。」って思う事ができる。
自分の心の大切な部分を、ぎゅっと抱き締めてもらったような気持ちになる。
胸のざわつきは鎮まる。
ブレかけていた芯は、あるべき場所に、強い意志を持ったかたちですっと戻る。。
何度読み返してもそういう気持ちを味わう事ができるし、
何度も読み返してもその気持ちは決して色褪せる事がないのです。
私にとってとても特別な意味を持つ、大切な物語です。
これからもきっと何度も何度も読み返していくでしょう。
これまでとは違う小説を書こう、と淳平は思う。夜が明けてあたりが明るくなり、その光の中で愛する人々をしっかりと抱きしめることを、誰かが夢見て待ちわびているような、そんな小説を。でも今はとりあえずここにいて、二人の女を護らなくてはならない。相手が誰であろうと、わけのわからない箱に入れさせたりはしない。たとえ空が落ちてきても、大地が音を立てて裂けても。
「蜂蜜パイ」(村上春樹)より
「蜂蜜パイ」は村上春樹さんの短篇集『神の子どもたちはみな踊る』に収録されています。
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2002/02/28
- メディア: 文庫
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