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こまきのブログです。

好きな文章4〜「日々移動する腎臓のかたちをした石」(村上春樹)より


 「ねえ、淳平くん、この世界のあらゆるものは意思を持っているの」と彼女は小さな声で打ち明けるように言った。淳平は眠りかけている。返事をすることはできない。彼女の口にする言葉は、夜の空気の中で構文としてのかたちを失い、ワインの微かなアロマに混じって、彼の意識の奥に密やかにたどり着く。「たとえば、風は意思を持っている。私たちはふだんそんなことに気がつかないで生きている。でもあるとき、私たちはそのことに気づかされる。風はひとつのおもわくを持ってあなたを包み、あなたを揺さぶっている。風はあなたの内側にあるすべてを承知している。風だけじゃない。あらゆるもの。石もそのひとつね。彼らは私たちのことをとてもよく知っているのよ。どこからどこまで。あるときがきて、私たちはそのことに思い当たる。私たちはそういうものとともにやっていくしかない。それらを受け入れて、私たちは生き残り、そして深まっていく」


村上春樹「日々移動する腎臓のかたちをした石」より)


 「高い場所に出ると、そこにいるのはただ私と風だけです。ほかには何もありません。風が私を包み、私を揺さぶります。風が私というものを理解します。同時に、私は風を理解します。そして私たちはお互いを受け入れ、ともに生きていくことに決めるのです。私と風だけ−ほかのものが入り込む余地はありません。私が好きなのはそういう瞬間です。いいえ、恐怖は感じません。一度高い場所に足を踏み出し、その集中の中にすっぽりと入ってしまえば、恐怖は消えています。私たちは親密な空白の中にいます。私はそういう瞬間が何よりも好きなのです」


村上春樹「日々移動する腎臓のかたちをした石」より)

とてもとても好きで、愛してやまない文章です。
この文章を読んで、私の中の世界観みたいなものが大きく変わりました。



道を歩いていると、優しい感触の風に、
ふわっと自分の体が包まれるようなときがあります。


そういうとき、私は春樹さんの
「風は私たちのことを理解している」という文章を思い出して、
すごく幸せな気持ちになります。


「私の体をいま包んでいるこの風は、
私の事を理解してくれている。わかってくれている。」
・・・そう思うと、とてもあたたかい気持ちになります。


そして、風に対して感謝の気持ちが生まれます。
「わかってくれて、ありがとう」と。


私も風のことを理解したいと願います。
私もあなたのことをわかりたい、と。



「風は私たちのことを理解してくれている」・・・
そんな気持ちで風を感じていると、
自分の中のくるしい気持ちも、かなしい気持ちも、優しい感情も、
すべて風の中に穏やかにとけていくような気がします。
それはとても癒される感触です。



秋になり、心地よい風が吹くようになりました。


風とわかり合うには、いい季節です。


風とたくさんわかり合いたいな、と思います。




東京奇譚集

東京奇譚集

村上春樹さんの短篇小説「日々移動する腎臓のかたちをした石」は、
春樹さんの短篇集「東京奇譚集」の中に収められています。


☆2005/10/15の日記〜好きな本紹介4「東京奇譚集」(村上春樹
http://d.hatena.ne.jp/komaki-1325/20051015