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こまきのブログです。

好きな本紹介⑤〜「ポートレイト・イン・ジャズ」

ポートレイト・イン・ジャズ (新潮文庫)

ポートレイト・イン・ジャズ (新潮文庫)


この本「ポートレイト・イン・ジャズ」は、
イラストレーターの和田誠さんが
ピックアップして描いたジャズミュージシャンの絵に、
作家の村上春樹さんが文章をつけて、でき上がった本です。


ハードカバー版では、「ポートレイト・イン・ジャズ」と
「ポートレイト・インジャズ2」の二冊が出版されていましが、この文庫版は、
「先に出版された
ハードカバー版2冊ぶんを合わせた内容+この文庫版の為の書き下ろし三編」
という内容になっています。


ジャズに全然詳しくない私が、この本読んで楽しめるんだろうか?
と少し不安だったのですが、いやー、面白かった!読んで良かったです。


ジャズに詳しくなくても、「音楽好き」な方であれば、
誰でもとっても楽しめる内容の本だと思います。
和田誠さんのイラストも、とてもすてきです。


この本の中で紹介されているジャズミュージシャンの数は、計55名。
その55名のミュージシャンの中には、私が知っている名前もあったし、
初めて知るミュージシャンの名前もありました。


名前を知っていたミュージシャンについて、この本を読んで
「へぇ、このミュージシャンはこんな人生を送ってきた人だったんだ〜」
と知る事も楽しかったし、
またこの本で初めて名前を知ったミュージシャンについての
春樹さんの文章を読む事も、これまたわくわく感があって楽しかったです。


それにしても、麻薬とアルコールに、
精神と身体を蝕まれたジャズミュージシャンの、何と多かった事!
そのへんも、いろいろ考えさせられるものがありましたね。


私なんかがこの本についてうだうだ書くよりも、
春樹さんがこの本の中で書いた文章を、
皆さんに実際に読んで頂く方がこの本の面白さが伝わると思うので、
引用してここに載せてみますね。


春樹さんが、スタン・ゲッツと、ビリー・ホリデイについて書いた文章が、
読んですごく心に残ったので、その二人のミュージシャンに関する文章を、
そっくりそのまま引用して載せてみます。


ちょっと(かなり?)長くなりますが、ご興味のある方は、
秋の夜長に読書を楽しむような感覚で読んで頂ければ、と思います。
それでは行ってみましょう。



スタン・ゲッツ
スタン・ゲッツは情緒的に複雑なトラブルを抱えた人だったし、その人生はけっして平坦で幸福なものとは呼べなかった。スチームローラーのような巨大なエゴを抱え、大量のヘロインとアルコールに魂を蝕まれ、物心ついてから息を引き取るまでのほとんどの時期を通して、安定した平穏な生活とは無縁だった。多くの場合、まわりの女性たちは傷つき、友人たちは愛想をつかせて去っていった。


しかし生身のスタン・ゲッツが、たとえどのように厳しい極北に生を送っていたにせよ、彼の音楽が、その天使の羽ばたきのごとき魔術的な優しさを失ったことは、一度としてなかった。彼がひとたびステージに立ち、楽器を手にすると、そこにはまったく異次元の世界が生まれた。ちょうど不幸なマイダス王の手が、それに触れるすべての事物を輝く黄金に変えていったのと同じように。


そう、ゲッツの音楽の中心にあるのは、輝かしい黄金のメロディーだった。どのような熱いアドリブをアップテンポで繰り広げているときにも、そこにはナチュラルにして潤沢な歌があった。彼はテナー・サックスをあたかも神意を授かった声帯のように自在にあやつって、鮮やかな至福に満ちた無言歌を紡いだ。ジャズの歴史の中には星の数ほどのサキソフォン奏者がいる。でもスタン・ゲッツほど激しく歌を歌い上げ、しかも安易なセンチメンタリズムに堕することのなかった人はいなかった。


僕はこれまでにいろんな小説に夢中になり、いろんなジャズにのめりこんだ。でも僕にとっては最終的にはスコット・フィッツジェラルドこそが小説(the Novel)であり、スタン・ゲッツこそがジャズ(the Jazz)であった。あらためて考えてみれば、この二人のあいだにはいくつかの重要な共通点が見いだせるかもしれない。彼ら二人の作り出した芸術に、いくつかの欠点を見いだすことはもちろん可能である。僕はその事実を進んで認める。しかしそのような瑕疵(かし)の代償を払わずして、彼らの美しさの永遠の刻印が得られることは、おそらくなかっただろう。だからこそ僕は、彼らの美しさと同時に、彼らの瑕疵をも留保なく愛するのだ。


僕がもっとも愛するゲッツの作品はなんといってもジャズ・クラブ<ストーリーヴィル>における二枚のライヴ盤だ。ここに含まれている何もかもが、あらゆる表現を超えて素晴らしい。月並みな表現だけれど、汲めど尽きせぬ滋養がここにはある。たとえば「ムーヴ」を聴いてみてほしい。アル・ヘイグ、ジミー・レイニー、テディー・コティック、タイニー・カーンのリズム・セクションは息を呑むほど完璧である。とびっきりクールで簡素にして、それと同時に、地中の溶岩のようにホットなリズムを彼らは一体となってひもとく。しかしそれ以上に遥かに、ゲッツの演奏は見事だ。それは天馬のごとく自在に空を行き、雲を払い、目を痛くするほど鮮やかな満点の星を、一瞬のうちに僕らの前に開示する。その鮮烈なうねりは、年月を越えて、僕らの心を激しく打つ。なぜならそこにある歌は、人がその魂に密かに抱える飢餓の狼の群を、容赦なく呼び起こすからだ。彼らは雪の中に、獣の白い無言の息を吐く。手にとってナイフで切り取れそうなほどの白く硬く美しい息を・・・・・・。そして僕らは、深い魂の森に生きることの宿命的な残酷さを、そこに静かに見て取るのだ。


和田誠村上春樹著「ポートレイト・イン・ジャズ」より)


以前マリンバの先生に、「ジャズ名作選」みたいな、
三枚組のオムニバスアルバムを借りて、MDにダ●ングした事があったんです。
で、春樹さんのこの文章を読んだ後に、
「このMDの中に、スタン・ゲッツの演奏した曲入ってないかなあ〜」
と思って探したら、ありました。
で、聴いてみました。スタン・ゲッツの演奏。


深い悲しみを知っている人が、優しく微笑んでいるような、そんな演奏でした。
何とも不思議な味わいのある、テナーサックスでした。



ビリー・ホリデイ
まだ若い頃にずいぶんビリー・ホリデイを聴いた。それなりに感動もした。でもビリー・ホリデイがどれほど素晴らしい歌手かということを“ほんとう”に知ったのは、もっと年を取ってからだった。とすれば、年を重ねることにも、なにかしらの素晴らしい側面はあるわけだ。


昔は1930年代から40年代前半にかけて彼女が残した録音をよく聴いていた。まだ若くみずみずしい声で、彼女が歌いまくっていた時代のものだ。その多くはあとになって、米コロンビア・レコードから再発されている。そこには信じられないほどのイマジネーションがみなぎり、目を見張るような飛翔があった。彼女のスイングに合わせて、世界がスイングした。地球そのものがゆらゆらと揺れた。誇張でもなんでもない。それは芸術というようなものではなく、すでに魔法だった。そんな魔法を自在に使えた人は、僕の知る限りにおいては、彼女のほかにはチャーリー・パーカーがいるだけだ。


でも声をつぶして、麻薬に身体をむしばまれるようになってからのヴァーヴ時代の彼女の録音は、若い頃にはあまり熱心には聴かなかった。というか、意識的に遠ざけてもいた。とくに1950年代に入ってからの録音は、僕にはあまりにも痛々しく、重苦しく、パセティックに聴こえたのだ。しかし三十代に入り、四十代へと進むにつれて、僕はむしろその時代のレコードを好んでターンテーブルに載せるようになった。知らず知らずのうちに、僕の心と身体はその音楽を求めるようになっていたようだった。


ビリー・ホリデイの晩年の、ある意味では“崩れた”歌唱の中に、僕が聞き取ることができるようになったのはいったい何なのだろう?それについてずいぶん考えてみた。その中にあるいったい何が、僕をそんなに強くひきつけるようになったのだろう?


ひょっとしてそれは「赦し(ゆるし)」のようなものではあるまいか−最近になってそう感じるようになった。ビリー・ホリデイの晩年の歌を聴いていると、僕が生きることをとおして、あるいは書くことをとおして、これまでにおかしてきた数多くの過ちや、これまでに傷つけてきた数多くの人々の心を、彼女がそっくりと静かに引き受けて、それをぜんぶひっくるめて赦してくれているような気が、僕にはするのだ。“もういいから忘れなさい”と。それは「癒し」ではない。僕は決して癒されたりはしない。なにものによっても、それは癒されるものではない。ただ赦されるだけだ。


でもこれは、あまりにも深く個人的なものごとだ。僕はそのことを一般的に敷衍(ふえん)してしまいたくはない。だから、ビリー・ホリデイの優れたレコードとして僕があげたいのは、やはりコロンビア盤だ。あえてその中の一曲といえば、迷わずに「君微笑めば」を僕は選ぶ。あいだに入るレスター・ヤングのソロも聴きもので、息が詰まるぐらいに見事に天才的だ。彼女は歌う。


「あなたが微笑めば、世界そのものが微笑む」
When you are smiling,the whole world smiles with you.


そして世界は微笑む。信じてもらえないかもしれないけれど、ほんとうににっこりと微笑むのだ。


和田誠村上春樹著「ポートレイト・イン・ジャズ」より)


聴いてみたいですよね〜〜。
「世界がスイングする」「世界がにっこりと微笑む」魔法の歌。


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以上で、引用コーナー終了〜。
読んで下さった方、お疲れ様でした。


どうですか?この本読んでみたくなりませんか?
ジャズ聴いてみたくなりませんか?


春樹さんファンとして、
「春樹さんはこんな風な音楽の楽しみ方をするんだな」
という事がわかったのも、嬉しかったです。


私はジャズは、今までは本当に、たまぁーーに
ちょこちょこっと聴く程度だったんですけど、
これからはもっと意識して聴いてみようかなあ。


「ポートレイト・イン・ジャズ」、
音楽を好きな方には本当におすすめの一冊です。
ご興味を持たれた方は、ぜひぜひ読んでみて下さいね。