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こまきのブログです。

好きな本紹介⑧〜「そうだ、村上さんに聞いてみよう」(村上春樹)

1996年6月〜1999年11月の間、
「村上朝日堂」という、作家村上春樹さんの
ホームページが開設されていました。
このホームページの中で春樹さんは
読者と何千通ものメールのやり取りをしました。


このメールのやり取りは、
CD-ROMで出ている「CD-ROM版村上朝日堂 夢のサーフシティ」及び
その続編「CD-ROM版村上朝日堂 スルメジャコフ対織田信長家臣団」
に収められています。
(私このCD-ROM持ってないんですよね。欲しいなあ。)


で、「せっかくこれだけの質問がメールで寄せられたのだから、
質問とそれに対する回答だけをいくつかサンプル的に集めて、
普通の活字媒体で出してみようじゃないか」
という事で出版されたのがこの本です。


(画像をクリックすると、
商品詳細&商品購入ページにジャンプできます。)


96年から99年に村上朝日堂ホームページに読者から寄せられた、
春樹さんへのさまざまな疑問メール&春樹さんの返信内容のうち
282の「大疑問」がピックアップされて、この本に収められています。


もう私この本、大好きなんですよ。
初めてこの本を読んだのは、何年前だったかなぁ?
初めてこの本を読んだ時、読んでいる最中は、
ずっと軽い興奮状態だった事をよく覚えています。
何度も読み返している大好きな本です。


この本の中に収められている、読者と春樹さんのメールのやり取りの中で
特に印象に強く残っているものをいくつか抜き出してみます。



●『理不尽なことを言われたら、どうする?』
【読者からのメール】
突然ですが、質問です。すごく悲しくなるような事を人から言われて、
でもそれが「それはちょっと違うんじゃないかな」と思う様な事だったとします。
その場合、「あ〜、口惜しいっ!何よ、あんな人間見返してやる!」と
憎しみに変えることで、その悲しみを忘れて立ち直る事が出来ると思いますか?
具体性に欠けた質問で、ごめんなさい。


【春樹さんからの返信】
こんにちは。「それはちょっとないだろうよ。」というような理不尽なことを
他人に言われる機会は、僕にも少なからずあります。あなたと同じです。
だから気持ちはわかります。
スティーヴン・キングが「ウンコ投げ競争の優勝者は、
手がいちばん汚れていない人間だ」と言いました。
つまり、どれだけ他人にウンコを投げて命中させるかが大事なのではなく、
そんな無意味なことで手を汚さないのが人間の品格なんだ、
それよりは自分がやるべきことをちゃんとやろうよという事です。
たとえがいささかリアルだけど、言いたいことはよくわかりますよね。
あなたも頭に来ることがあったら、キングさんの言葉を思い浮かべられると
いいと思います。「見返してやる」というのもたまにはいいですが、
そればっかりだとけっこう疲れます。Stay cool.

これねー、最近やっと意味がわかるようになったかなあ。
そうなんですよ、「自分がやるべきことをちゃんとやる」事の方が
大事なんです。本当に。




●『円形脱毛症になったことはありますか?』
【読者からのメール】
円形脱毛症にかかったことは、ありますか。私は約一年前からできました。
原因は、あわない上司です。もう、考え方も、性格も全くだめで、
世間の悪口と自分の自慢ばかり延々と話してきます。
すると、どうしてもあくびがこみ上げてきて、かみ殺してます。
春樹さんは、円形脱毛症になったことは、ありますか。
多分、ないと思いますが。


【春樹さんからの返信】
こんにちは。お気の毒です。僕は円形脱毛症にかかったことはありません。
ストレスで少し薄くなったかなということは二度くらいあります。
でもそのたびに盛り返して、今のところいちおうノー・プロブレムです。
嫌な上司って困りますね。毎日会社に行かなくちゃならないし・・・。
僕の知り合いで、そういうときには「蛙になる」という人がいます。
「ああ、やだなあ」と思ったら、一時的に人間をやめて、
さっと蛙になるんだそうです。するとけっこうラクになるそうです。
好みによってモグラでも、ゆで卵でもなんでもいいと思います。
試してみて下さい。

この方法、けっこういいですよ。「嫌な上司の前では蛙になる」っていうの。
私も何度かやってみた事があります(笑)思いつめ過ぎなくて済みます。




●『適齢期にあわてて結婚すべきか?』
【読者からのメール】
名古屋在住28歳独身OLです。最近結婚について色々思うのですが、
妥協や安定の結婚なんて意味がないですよね。私はこの間無理矢理お見合い
させられたのですが、外見も中身も条件(次男で・・・etc)も
申し分のない人でした。でも私にとっては
何かがちょっと違う、言葉でうまく言えないけど、とにかく私にとっては
85%ぐらいの人だなと思いました。でもなかなかいい人だなと思い、
自分の気持ちをわかってくれるかなと思い、自分が無理矢理お見合いさせられた事、
妥協で結婚したくないし、じっくり関係を深めたい等正直に話しました。
しかし、相手の方は一刻も早く結婚したいから、じっくり付き合ってる暇はない
等の理由で断られました。別に後悔はしてません。
自分に正直になれた事が嬉しかったし、時間をかけて付き合えない人とは
うまくいくとも思えないし。がんばって私にとって100%の男の人に
出会えるように心を開いて待っていようと思います。
適齢期なんて関係ないですよねっ。


【春樹さんからの返信】
うーむ。「一刻も早く結婚したいから、じっくり付き合ってる暇はない」
というのもすごい断り方ですよね。よほど急いでいたんですね。
狭い日本、そんなに急いでどこへ行く。あなたがおっしゃるように、
適齢期だからといってばたばたあわてて結婚することはありません。
当たり前の話です。ゆっくりと自分にあった相手を見つけてください。
僕のささやかなアドバイスは「その人の前に出ると、
思わず顔がほころんでしまうような相手が
いちばんだ」というものです。条件なんて関係ないです。

「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く。」にウケました(笑)
面白いなあ、春樹さん。
そう、条件なんて関係ないですよね。




●『肉体関係を伴わない不倫は存在する?』
【読者からのメール】
村上さんにメールが出せるというのでわくわくしてキーボードを叩いています。
夫婦仲むつまじい村上さんにこのような質問をすること自体、
失礼なことなのかもしれませんが、最近この問題について様々な点から
考えてみようと思い立ち、ぜひとも村上さんの考えをお伺いしたいなぁ、
という次第です。
質問は「肉体関係を伴わない不倫というものは存在するか?」です。


【春樹さんの返信】
こんにちは。突然そんなことを質問されると汗が出ちゃいます。
僕の考えを言いますと、肉体関係をともなわないのは不倫ではありません。
肉があってこその不倫です。どうしてそうなのかは、
もっと大人になったらあなたにもわかります。

ふううん。




●『メールで人柄がわかるのですか?』
【読者からのメール】
あじのひらきのまほう」です。以前フォーラムで、
春樹さんはどなたかのメールの返事で、「僕はメールを読めば、
その人がどんなひとかだいたいわかるので」というようなことを
書かれていたと記憶していますが、どうしてそんなことが
わかってしまうのですか?私はフォーラムを読んでいても、
そのメールを書いた人がどんな人かわからないので、とても不思議です。


【春樹さんからの返信】
もちろん人柄がわからないメールはいっぱいあります。
ただ真剣に相談をもちかけてくるようなまとまった文面であれば、
だいたいはわかります。文章というのはそういうものなのです。
文章には人柄がにじみ出てきます。そういうことに関しては僕は
かなり勘がいいほうだと思いますが、
文章はそれだけ怖いものであるということもできると思います。

「真剣に書かれた文章」というものは、
かなりその人の人柄を語るものだと、私も思います。




さて、ここからは春樹さんの返信メールの中からのみ、
特に心に残った文章を抜粋してみます。


人生においていちばん深く心の傷として残るのは、
多くの場合、自分が誰かに傷つけられたことではなく、
自分が誰かを傷つけたことですね。そのような思いは、
ある場合には亡霊のように、死ぬまで重くついてまわります。
だから誰かに傷つけられたときには、
「傷つけられたのが自分でよかったんだ」と思うといいと思います。
そんなの、なかなか思えないですけどね。それでも。
村上春樹

以前は、この言葉の意味は私にはわかりませんでした。
「傷つけるよりも、やっぱり傷つけられることの方がつらいんじゃないの?」
と、そう思っていました。
でも今の私には、春樹さんの言葉の意味がわかります。
「傷つけられたことよりも、傷つけたことの方がつらい」です。




僕は思うんだけど、芸術というのは
日常からぱかっと離れたところにあるのではなくて、
日常の裏側にぴたっとくっついてあるものなのです。
卑小な日常的現実を馬鹿にしたところに、
本当に人の心を打つ芸術というのは存在しないのではないでしょうか。
村上春樹

べつに私は芸術家じゃないけど、
これって、自分の最近の生き方のテーマになっているかも。




行動パターンがどれほどクールでも、人の心持ちのホットさというのは、
なんらかのかたちでこっちに伝わってこなくてはなりません。
もしそれが伝わってこなかったとしたら、
そこには何か問題があるのではないでしょうか。僕はそう思います。
村上春樹

一見クールに見える人でも、最終的にはそのクールな人の中から
何か「熱いもの」が伝わってくる事がなければ、
その人に惹かれる、という事はありませんよね。(私の場合はそうです)
どこからどう見ても、最初から最後までクールな部分しか伝わって来ない、
熱いものが全く伝わって来ないとしたら、
確かにそこには何か問題があるだろうし、
そしてそういう人に惹かれる事はないだろうな、と思います。




比喩というのは書いているうちに自然にすらすらと出てきます。
あんまり「さあ比喩を書くぞ」とかまえちゃうと駄目みたいですね。
僕は自分でとりたてて比喩がうまいと思ったことはありません。
「いろんなものごとを少しでもわかりやすく、少しでも実感的に書こう」
という、読む人に対する親切心が、要するに比喩というかたちになって
出てくるものじゃないかと思います。
だから「相手をうならせてやろう、感心させてやろう」という
本末転倒な動機でやると、なかなか良いものは浮かんでこないような気がします。
村上春樹

私も自分の文章の中でよくワケのわからない比喩を使いますが、
比喩表現を考えるのにあまり時間はかけません。ほとんど直感です。
だからこの春樹さんの文章を読んだ時、
「春樹さんも、“かまえて”比喩を書くわけではないんだなあ」と思いました。
(私なんかと春樹さんを一緒にしてはいけませんが)
あれこれこね回した比喩というのは、どうも駄目みたいです。人に伝わらない。


「相手をうならせてやろう、感心させてやろう」
という傲慢な気持ちで書かれた比喩っていうのは、
読み手にもその気持ちが伝わってしまうんですよね。
そういう文章は、読んでてすごく鼻につきます。


だから私は、自分の文章の中で比喩表現を使うときは、
例えば音楽を聴いて感動した気持ちを、
何かの比喩で表すような場合には。。


その音楽を聴いて自然に自分の心の中に見えてきた映像や、
生まれてきた感情を
「いかに等しく言葉に移しかえるか」という作業に全神経を注ぎます。


「どういう言葉を選んだら、自分の気持ちを少しでも
より“実感的に”、わかりやすく人に伝える事ができるか」
という事に神経を集中して、言葉を選びます。


音楽を聴いていて自分の中で見えた映像を
そのまま言葉に移しかえたり、
あるいは自分の中に生まれた感情を、
なるべく近い温度で表現してくれる言葉を、
自分の中で意識をぐっと集中して探します。


でも、そういう映像が自分の中で見えなかったり、
短い時間の中で意識を集中しても、
自分の気持ちを言い表してくれる言葉が見つからなかった時には、
すっぱりとその文章を書く事をあきらめます。
長い時間をかけて無理矢理に、
自分の中にないものをひねり出したりはしません。


私は文章全体の構成とか、文章の流れや順序を整える事には
けっこう長い時間をかけますが、(こんな文章でも、一応(^^;)
比喩表現に関しては、長い時間をかけて「考え出したり」はしないです。
比喩表現と言うのは、春樹さんがおっしゃるように
「自然と出てくるもの」だと思います。




正論を振りかざすみたいで心苦しいのですが、
文学というのは競争でもなく、勝ち負けでもありません。
大事なのは作家が作品の中でどれだけ深く自分を表現できて、
それがどれだけ深く読者の心に届くかという事です。
あるいはとくべつに僕が意固地なのかもしれないけれど、
作家がみんな芥川賞を欲しいと思っているわけではないと思いますよ。
世間の一般の人は賞みたいな具体的なかたちを重視するようですが、
もっと高い目標をもってきちんと自分の仕事をしている人も
少なからずいるはずです。
村上春樹


村上春樹著「そうだ、村上さんに聞いてみよう」より>

かっこいいですよね。
春樹さんはずっとこの信念で、
自分の作品を世の中に発表し続けていると思います。
上で春樹さんが「大事なのは」と語っている事は、作家だけでなく、
ミュージシャンなど様々な種類の「アーティストすべて」に
言える事のような気がします。


                                                                  • -

ああぁ〜、大好きな本なので、語りに語ってしまいました。
最後まで読んで下さった方、いらっしゃいますかねー?
毎度文章が長くてごめんなさい(汗)
まぁ、ご興味のある方だけ読んで頂ければ、という事で。。


この本の最後に収められている春樹さんの特別付録エッセイ
「歌詞の誤訳について」もとっても興味深いです。
翻訳業の奥の深さが伝わってくるエッセイです。
このエッセイ一本で、ブログ一本ぶんのネタができそうなので、
また機会があれば後日書きたいと思います。



今回紹介した「そうだ、村上さんに聞いてみよう」の
続編ともいえる本「これだけは、村上さんに言っておこう」という本も
最近発売されました。


内容の構成的には、「そうだ、村上さんに聞いてみよう」と全く同じで、
この本の中にも「村上朝日堂」ホームページ内での
読者と春樹さんのメールのやり取りが収められています。
この本「これだけは、村上さんに言っておこう」の中には、
台湾&韓国の読者と春樹さんのメールのやり取りも収められていて、
これまた興味深いです。


この「これだけは、村上さんに言っておこう」という本も
とーーっても面白かったので、
こちらも機会があれば後日紹介したいと思います。



そして先日このブログでもちらっと書きましたが
村上春樹ファンにとっては大変嬉しいニュース!


1999年以降、無期限の更新休止となっていた
「村上朝日堂」ホームページが、三ヶ月の期間限定で復活しました!!


http://opendoors.asahi.com/asahido/


1996年〜1999年の「村上朝日堂」ホームページ開設中には
私はまだパソコンすら持っていない状態だったので、
このホームページをリアルタイムで見る事はできませんでした。


その後、村上春樹さんの小説「海辺のカフカ」の公式ホームページができて
このホームページの中で、「村上朝日堂」と同じように
読者と春樹さんのメールのやり取りが行われていたのですが、
私はこの頃まだ春樹さんに対するリサーチが甘かった為、
(もちろん春樹さんの小説は熱心に読んでいたけど、
春樹さんに関するホームページをチェックしたりとかは全然してなかったんです)
海辺のカフカ」ホームページ開設中は、
このホームページの存在を知りませんでした。
(このホームページ内での読者と春樹さんのメールのやり取りは
少年カフカ」という本にまとめられて、出版されています。)


だから、今回の「村上朝日堂」ホームページ復活は、
本当に嬉しいんですよね。
私も春樹さんにメールが送れる〜〜。


でも、いざ送れる状況になったら
何を書いていいのかわからないもので(^^;まだ送れていません。
この三ヶ月の期間中に、必ず一通はメール送りたいなあ。
何を書こう。


「村上朝日堂」ホームページの「フォーラム」のコーナーで、
読者と春樹さんのメールのやり取りが公開されていますので、
ご興味を持たれた方は、ぜひご覧になってみて下さいね。
安西水丸さんの、脱力系のイラストの世界もたのしいです。